子どもが描く絵から見える世界共通の成長過程。美術教育者の「絵画の発達段階」に基づいたアプローチ

子どものからだやこころの成長と同じように、絵の上達過程も子どもの精神的な発達と大きく関わっていることがわかっています。

同じくらいの年齢でも、上手に表現できる子もいればまだまだ表現が追いつかない子もいるよね。その違いはどこにあるのかな?
子どもの絵心を育むために、親は子どもにとってどんな位置で、どのようなサポートをすればよいのでしょうか。
ローウェンフェルドの「子どもの絵画の発達段階」からわかること
アメリカの美術教育者であるローウェンフェルドは、自らの研究を通して「子どもが描く絵の発達過程は世界共通である」ということを明らかにしました。
ここでまず、1歳頃〜7歳頃までの「子どもの絵画の発達段階」を詳しく見ていきましょう。あくまでも一般的な発達段階のため、おおよその目安としてご覧ください。
【1〜2歳頃】擦画(さつが)期
「スクリブル(Scribble)」「ぬたくり期」とも呼ばれ、クレヨンやペンを持って紙の上を叩くように点や短い線を描きます。紙の上をクレヨンやペンで強く叩いたときの音や残る痕跡を楽しみながら描いている、とも考えられるでしょう。
「スクリブル」はアメリカの心理学者であるローダ・ケロッグの研究が有名で、彼女は30カ国以上・100万枚を超える幼児の絵を分析し、就学前の幼児段階では世界共通の発達段階が見られると提唱しています。
【1歳半〜3歳頃】錯画(さくが)期
擦画(さつが)期から少し成長する頃。次第に手の動きもスムーズになるので、横線やぐちゃぐちゃ、いびつな”まる”、うずまきなどを紙いっぱいに描くようになります。
絵を描くのが好きな子どもは、この時期に好きなだけ描きたいように描いて満足した子どもだとも言われています。
【3〜4歳頃】象徴期
自分で描いたものに名前をつけはじめる時期。大人から見るとハテナ?だらけの絵かもしれませんが、手を動かしながら「これはまま」「うさぎさん」など、可愛らしいつぶやきが聞こえてくるかもしれません。
描いているものは”まる”や”まるの重なり”ですが、それぞれに意味や説明を持たせるようになります。言語力が豊かになる3歳頃の発達の特徴とも言えますね。
形の習得に夢中になるため、色を変えずに単色で描くことも特徴のひとつ。4歳頃の子どもが描く「頭足人(=顔から手や足が生えている絵)」も、全世界に共通した発達過程として知られています。
【3〜5歳頃】カタログ期
この頃になると、保育園や幼稚園の行事、家族で出かけた先で見たものなど、過去を思い出して絵が描けるようになります。1枚の紙に関係のないもの同士を配置して描く様子がまるでカタログが並んでいるように見えることから、カタログ期と呼ばれるようになりました。
独立した絵のひとつひとつに子どもなりの意味が感じられるので、成長をぐっと感じる時期でもあります。
【5〜6歳頃】図式前期
空間認識能力が高まるこの時期は、カタログ期ではそれぞれが関係を持たなかったひとつひとつの絵が関係性や位置関係を持つようになります。雨は上に、花は下に描いてあるなど、絵を見た大人にも実際の景色が想像できる頃ですね。
次の段階「図式後期」で描くようになる写実画のようにひとつの視点から見えているものを描いているのではなく、「自分の下には地面があって、上には空がある」「家・木・花も自分と同じように地面の上にある」というように、自分を中心にして、自分と物との関係を理解して描いています。
ただ、まだまだ完璧に表現できるわけではありません。泳いでいるはずの人間が宙に浮いているなど、くすっと笑ってしまうような楽しい絵を見せてくれる時期でもあります。
【7歳頃】図式後期
この頃になってようやく、見たものをそのまま描く「写実」ができるようになります。1年生の頃にアサガオの観察がある小学校も多いかと思いますが、教室に飾られている子どもたちのアサガオの絵それぞれの個性に驚かれたママも多いのではないでしょうか。
お子さんによっては物と物の重なりや遠近感も上手に表現し始めるのでより現実に近い絵を描くようになりますが、まだ自分中心の表現をするお子さんも多くいるでしょう。
絵を描くことで得られる3つのメリット
クレヨンやペンを手に持つ、紙からはみ出さないように描くなど、絵を描く動作ひとつひとつには子どものからだやこころの発達段階が関係しています。
ここではこころの発達に注目した3つのメリットをご紹介いたします。
想像力・創造力が豊かになる
想像力とは、実際に存在しないことや経験したことがないことを頭の中で思い描く力のこと。対して創造力は、その発想を活かして新しいアイデアや作品を生み出すチカラのことを言います。
絵を描くときにはまず色やかたち、構図など、いろいろなことを思い描きながらそれを紙とペンで描きますよね。そのひとつの流れをおこなうことによって想像力・創造力が豊かになり、絵で自分の思いをしっかりと表現することができるのです。
空間認識力が高まる
空間認識力(空間認知能力)とは、物がある方向や形状を瞬時に正確に認知できるチカラのこと。
地図を描くときに「どこから見た方向なのか」などを考えて図にすることができたり、スポーツの場合だと「ボールが飛んできたときに自分はどこに移動すればよいのか」ということが瞬時に判断できます。
そのほかにも、普段の生活の中でも無意識に危険を回避できたり、部屋の片づけが得意になったりと、生きていくために必要なチカラとも言えます。
集中力が続く
絵を描くことが好きになると、その絵を完成させるために大人も驚くほどの集中力を発揮する子どももいます。細かなところまで描きこんだり色分けをしたりと、時間も忘れるほど集中できるチカラはすぐに身につくものではありません。
学習面はもちろん、将来仕事に就いたときにも役立つ大切なチカラです。
子どもが絵を描かない・描けないのはなぜ?
主なメリットをご紹介しましたが、児童期(図式前期以降)に差し掛かると、子どもそれぞれの環境や生活体験によっては絵を描かない子、描く絵のクオリティの差が出てきます。
絵を描ける環境があるにも関わらず、ほぼ絵を描かないといったお子さんもいるでしょう。それはなぜなのでしょうか?
幼児教育を専門分野とする中野友三教授は、子どもが絵を描かない・描けない原因として、主に以下のようなことがあると述べています。それぞれの項目について読み解いていきましょう。

「描かない」と「描けない」は違っていて、それぞれに子どもなりの理由があるみたいだね。
絵を描くことに自信がない・コンプレックスがある
「自由に描いていいよ」という言葉をプレッシャーと捉えてしまうのは、子どもも大人も同じではないでしょうか。白い紙とクレヨンを渡されても、自信のなさから手が動かない…というのもよくあることです。
5歳頃になると自分の周りにある外の世界に興味や関心が向くようになるため、お友達が描く絵と自分の絵を比べて「うまく描けない」とコンプレックスを抱いてしまう子どももこのタイプに当てはまります。
絵を描くことにそもそも興味や関心がない
このタイプのお子さんは、絵を描くこと以外に夢中になれる遊びがある場合が多いでしょう。絵本だったりブロック遊びだったりと、保育園や幼稚園でみんなと一緒に描くことはできるけれど、おうちでは自分の好きな遊びを優先しているだけ、というパターンです。
筆者の息子の場合ですと、幼児期の頃はブロック遊びに夢中だったこと、絵よりも数字や文字に興味を持つことが先だったこともあり、小学生になった今でも自発的に絵を描くことなどほぼありません。
当時は少し心配になり幼稚園の先生に相談したこともありましたが、特に男の子は絵よりも文字や迷路を描く子が多く、「男の子あるあるですよ!」と言われてほっとしたことがありました。
与えられたテーマに対する体験や知識が乏しい
自分が興味のないテーマを与えられても、過去に体験してこなかったことについては描く術がありません。見たことも体験したこともないものを描くために大人はインターネットやSNSで調べることができますが、子どもの場合はどうでしょう。難しいですよね。
この場合は、テーマに関する絵本を近くに置いてみたり、できる範囲で実際に体験させてあげるなど、大人のサポートが必要になってきます。
与えられたテーマに対しての感動がない
例えば、「運動会」というテーマを与えられたとします。そんなとき、テーマを与えられたにもかかわらずなかなか描き始められない子どもがいます。このタイプのお子さんは、運動会というひとつの体験についての感動や発見などが少なかった可能性があります。
その子どもにとって運動会は特に重要なイベントではなかった、毎日の練習が大変だった思い出のほうが大きい、といったことが考えられます。
子どもの絵心を育むためにできること
さて、お子さんが描いた絵を見せてくれたとき、褒めてあげたい気持ちはあるものの「どう褒めていいのかわからない」「上手だね〜と言うしかできない」といったお悩みもあります。
おすすめの対応方法をご紹介しますので、ママが無理なくできるところからぜひトライしてみてください。
具体的に言葉にして褒めてあげる
褒め方って難しいですよね。大袈裟に褒めたほうがいいのか、そもそも褒め方のバリエーションがない…というママも多いのが現状です。
そんなときママが難しく考える必要はなく、ほんの少しだけ具体的に言葉にして褒めてあげるのがおすすめです。「こことここの色が素敵だね」「長い線がまっすぐに描けたね」など、見たままの感想で大丈夫です。できるだけ「すごいね」「きれい」よりも具体的な言葉を選びましょう。
描いた過程を褒めてあげる
コロンビア大学のミューラー教授らが公立小学校の生徒に対しておこなった「褒め方」の実験では、子どもが持つもともとの能力そのものを褒めるよりも、達成した内容を具体的に挙げて褒めてあげるほうが子どものチャレンジ精神や粘り強さが育つ。ということがわかっています。
どういう実験だったかというと、ふたつのグループの生徒にIQテストを受験させ、その結果に対してひとつめのグループの生徒(A)には「あなたは頭がいいのね(=もともとの能力を褒める)」と伝え、もうひとつのグループの生徒(B)には「よく頑張ったわね(=努力を褒める)」と伝える、というものでした。
その後、同じ子どもたちに2回目・3回目とまた別の(少し難しめの)IQテストを受験させたところ、テスト結果はどうだったのでしょうか。なんと結果は、(A)の子どもたちは成績を落としてしまったのに対し、(B)の子どもたちは成績を伸ばしたのです。
もともとの能力を褒められた(A)の生徒は「能力を褒められた=自分には才能がある」と考えたうえで少し難しめの2回目・3回目のテストに臨み、その結果がよくなかった場合には「自分には才能がない」といった考えになったのに対し、努力を褒められた(B)の生徒は、たとえ2回目・3回目のテストの結果が良くなくても、「自分の努力がたりないせいだ」と考え、粘り強く挑戦し続けた結果でした。

褒め方の違いは、子どもたちの考え方や取り組み方にも影響を与えたんだね!
これを絵におきかえるとどうでしょう。「あなたは本当に絵が上手だね」ではなく、「30分ずっと集中して描けたね」など、もともと絵が上手なことを褒めるのではなく、子どもが具体的に達成した内容に注目して褒めてあげると、さらに絵を描くことが大好きになり色々な画風に挑戦する日が来るかもしれません。
お友達と比べない
お子さんの絵を見て「お友達はもっと上手に描けるのに…」と比べてしまうこともあるでしょう。絵の表現は、きょうだいの有無やまわりの環境など様々な要因が関わってきます。先ほどご紹介したローウェンフェルドの研究「子どもの絵画の発達段階」でもそれぞれの時期にあてはめられた年齢の幅が広いことから、発達段階は個人差も大きいことがおわかりいただけたかと思います。
もし比べるのであれば、お子さんが少し前に描いて見せてくれた絵と並べて、「この絵はここが素敵だった!(いま見せてくれている)この絵はここのかたちがもっと楽しくなったね!」など、ママが直感で思う感想を言葉にするだけでじゅうぶんです。
あまりにも前すぎる絵との比較だと子ども自身が描いたことを覚えていない場合もあるので、数日前の絵と比較するのがポイントです。
アドバイスしすぎない
私自身、出産前は絵を描く仕事をしていたこともあり、子どもが描く絵を見てぐっとこらえる瞬間はたくさんあります。ですがその絵が学校の宿題ともなるとやはり口出しせずにはいられず、これくらいならいいかなと思いアドバイスした際に息子が言ったのは、「これじゃだめってことなんだね…」でした。
そこからしばらくしょんぼりさせてしまったという過去があり、やってしまった。と強く反省したものです。適度に見守るということは、どんなときも難しいものですね。
できるだけ、「もっとここはこうしたほうがいいんじゃないの?」「タコさんの足が1本たりないじゃん」などは言わないようにしましょう。お子さんがせっかく楽しい気分で描いたその過程まで否定することになってしまいます。
几帳面で真面目なママであればあるほど、アドバイスしたい、きちんと描かせたい、という気持ちが強くなるかと思いますが、ここはぐっとこらえて子どもの素直な表現を受け入れましょう。
まとめ
上記でご紹介したいずれの原因にせよ、最も基本的なことは生活体験を豊富にすること、そしてその感動や驚き、発見を話してもらうことが大切だと中野教授は結論づけています。
生活体験と聞くと少し大袈裟に聞こえてしまいますが、なにも特別な場所へ行って特別なことをするだけが生活体験ではありません。散歩をしたり、近くの公園に行ったり、季節のお花の話をしたりと、ささやかなことでかまいません。お子さんと歩いているときにママの目にとまったものや気になったことを話題にするだけでもいいですね。
ママは子どもの話に相づちをうったり必要に応じて質問をしたりして、体験の様子を深めるとよりよいでしょう。
お子さんそれぞれの成長スピードをよく観察しつつあせらずアプローチしていくことがなによりも大切だということが、ご紹介した研究からも読み取れました。
絵を描くことのメリットはたくさんあることもわかりましたが、あまりこだわりすぎず、お子さんがほかに夢中になれることがあるだけで素敵ですよね!
・中野友三「幼児造形表現の見方、育て方-大人のかかわり方の観点から-」第37号,2002
・内田裕子「描画の発達段階に関する一考察」67(1):29-41,2018
・芸術による教育の会 研究ノート「子供の絵の発達段階-幼児は物を見て描いていない-」